富田英揮社長|子供時代と大人になってから会社立ち上げまで

ヒストリー男性 人物

富田英揮さんは日本最大級の求人情報サイト

「バイトル」や「はたらこねっと」などを運営するの代表取締役社長 兼 CEO(最高経営責任者)。ディップ株式会社の創業者です

 

順調に会社経営をされているようにみえますが

「ピンチはチャンス」を信条とし数々の難問を乗り越え大きく成長していきました。

 

この記事では「バイトル」や「はたらこねっと」などを運営するディップの創業者

  • 富田英揮さんのプロフィール(子供時代)
  • 富田英揮さんの経歴・はたらこねっと・バイトルをたちあげるまで

を紹介します。



富田英揮社長のプロフィール

 

  • 名前:(フリガナ) 富田英揮(トミタヒデキ)
  • 生年月日:1966年9月5日生まれ
  • 年齢は55歳です。
  • 出身地:愛知県
  • 出身大学:愛知学院大学商卒
  • 兄弟は2歳上の兄・8歳下の妹がいます。

富田英揮さんの子供の頃

富田社長の父親は戦後、台湾からの引揚者で苦労して大学を卒業し

その後結婚した妻の実家の援助で、教育教材販売で成功しています。

 

2歳上のお兄さんは違う道を目指していたので

幼少の頃から父親の後を継ぐのは自分だと思い、また周りもそう思っていたようです。

 

3歳で戸建ての大きな家に越して

子供の頃はおぼっちゃんだったようです。

 

父親の強い勧めで、中高一貫の私立を猛勉強のち合格。

受験勉強の反動で学生中は、あまり勉強はしなかったようです。

その後、愛知学院大学商卒を卒業

 

父親の後を継ぐつもりでしたが

卒業後は地産入社・ゴルフ会員サービスの会社で働いていました。

富田英揮さんの経歴・はたらこねっと・バイトルをたちあげるまで

大人になった富田英揮さんがはたらこねっと・バイトルを立ち上げるまでは

数々の問題を乗り越えていきました。

ピンチ1:父が経営する英会話スクールの業績悪化→自己破産寸前

1996年・26歳 富田社長は、父親が新たに英会話スクールの経営にのりだし手伝います。

バブル崩壊の影響もありスクールの経営が傾き

資金繰り悪化、経営は赤字、父親は自己破産寸前までいってしまいます。

アイディア:赤字スクールの再建方法

父親はスクールの閉鎖決め

富田社長はスクールの売却相手を探し、交渉を重ねるうちに

その売却相手から経営を任されます。

 

富田社長の赤字スクール再建方法:再建の鍵は<効率的な生徒の募集

  • 生徒募集のノウハウを知るために、同業他社に就職し。
  • 経営・営業に関する本を読み漁り、生徒を勧誘するコールセンターを設置

 

あらゆる努力で黒字化成功、生徒が増えすぎまで、いってしまいます。

 

しかし現状維持で満足、規模拡大を望まぬ

経営方針の売却相手に不満を持ち、富田さんは退社してしまいます。

ピンチ2:失業者からの企業→融資先が見つからない・資金難

会社を退職した富田さんは英会話スクール再建と一緒にやっていた

自分の会社を起こすことを本格的に始動します。

富田社長の会社はどんな会社?

パソコンが浸透する前の時代に、

外食チェーンなどの店頭に「情報端末」を設置して

利用した人に無料でカタログを送付するというものです。

 

集めた情報をクライアントに売り、マーケティングに利用してもらうビジネスモデルです

 

アイディアには自信があっても

富田社長は担保と補償人がいないので、愛知県の保証協会から融資を受けられませんでした。

アイディア:融資先の範囲を広げ、自分を売り込む

愛知県を出て、東京に融資先を求めていた時に、たまたま見たテレビ番組で

パソナグループの南部氏とソフトバンクの孫氏が

若い起業家支援の「ジャパン・インキューベーション・キャピタル」を

作ったことを知り事業計画書を送ります。

 

認められて融資先を紹介してもらい資金を集めることができました。

 

1997年3月に冨田社長は企業決意から2年半で

パソナ社内に机をひとつ置かせてもらい、会社を立ち上げです。

ピンチ3:自分のアイディア企画で営業→ライバルは大手のIBM?!

端末設置の営業活動を続けていくうちに

IBMが同じような端末の企画で営業していることを知ります。

大手相手に同じ事をしていても勝てない、ならどうするか

アイディア:方向転換、ライバルに提携を申しこむ

端末設置ではIBMに勝てないが、サービスのアイディアには自信がある富田社長は

端末ではなくIBMに提携を申し込み

IBM に端末を置いてもらいコンテンツを提供するサービスに切り替えます。

 

IBMからの提携の条件は富田社長が

  • 業界から端末上に載せるクライアント企業を集めること
  • システム運用の開発費と利用料を自分で集めること

ピンチ:IBMからの提携の条件:資金集め・コンテンツ集め

資金を集めるためにシステムが未完成であるにもかかわらず、

先にコンテンツを集める営業を開始することにしました。

しかもシステムが未完成なのに代金は先払での営業です。

 

前職の仲間とその部下2人が、「給料は出世払いでいいから一緒に仕事がしたい」と会社に参加。

4人で死にものぐるいで営業、お金がないので4人の食費が一日で1000円とがんばりました。

 

結果、半年で約束の金額をIBM に支払うことができ、システムが完成しました。

 

端末のカテゴリーには、 車・ブライダル・各種スクール・旅行、・人材派遣など

さまざまな企業が並び「無料カタログ送付サービス」は

首都圏1000 店舗のコンビニで運用が開始されました。

アイディア:カタログ送付→仕事の情報提供(ニーズに合わせる)

材派遣会社で一番ニーズがあるのは、カタログの送付ではなく、

仕事情報の提供にあると、ニーズに合わせて方向転換

 

カタログ送付サービスを開始してすぐの1998年5月

「人材派遣お仕事情報サービス」というコンテンツを立ち上げました

パソナの会社の隅から自分のオフィスを渋谷にもち

「はたらこねっと」の前身をスタートさせます。

ピンチ4:ネット参入のための資金調達難 日本→アメリカ→そして

ネット参入のための資金調達は

銀行・金融機関・助成金・ベンチャーキャピタルのいずれも断られます。

日本で資金調達を諦めて海外でと考えて

アメリカのシリコンバレー(IBI、起業支援のための機関)に事務所を借り、

1999 年投資家や企業回りを始めます、興味はもたれても資金援助は受けれず。

融資先の見込みはまったくなくなります。

アイディア:ナスダックのプレゼンで融資を勝ち取る

その時に、ソフトバンクの孫氏が中心になり、

『ナスダックを日本に誘致して新しいベンチャーをどんどん誕生させる』という発表があり

ナスダックジャパンの説明会に参加します。

 

1000人以上もの投資家にプレゼンテーションの結果

いろんなベンチャーキャピタルから問い合わせ・投資家も現われ

4億円もの資金を集めます。

 

2000年10月、求人広告業界初の、派遣情報ポータルサイト「はたらこねっと」が誕生です

 

派遣情報ポータルサイト「はたらこねっと」はヤフーとの業務提携し

ヤフーの集客力で、アクセス数は一気に増え、新規クライアント獲得のための営業も楽になります

ピンチ5:ナスダック上場3日前にヤフー提携解除

ヤフーの代理店のような依存型のビジネスモデルからの脱却のため

営業現場の意識改革・ユーザーの満足度を高める・ディップの知名度を上げるに注力します。

 

2003 年6 月、女優の広末涼子さんをイメージキャラクターにして

バナー広告から、新聞、雑誌、交通広告までさまざまなメディアで知名度をあげていきます。

 

ディップは会社設立当時からの念願だった、東証マザーズへの株式公開を控えており

2003年末にはすべての手続きが終わり、株価も決まり、株式の販売も終了していたが

上場3日前ヤフーから提携解消を告げられます。

アイディア:ヤフーからの自立、やる気を上げる

ヤフーとの提携があることを前提で買った人から

信用を失った状態で、市場に流通はできないので上場は辞退となります。

 

株式公開の日には東京湾で上場を祝ったクルーズパーティーを予定していました。

社員の士気はヤフーとの提携解消ショックで下がります。

あえてパーティをやりヤフーからの独立後の準備はしてあることを説明すると

社員の士気は高まり一致団結し前進します。

 

株式公開を辞退してから最短の5カ月後

2004年5月、ディップは東証マザーズへの上場を果たしました。

まとめ

この記事では

  • 富田英揮さんのプロフィール(子供時代)
  • 富田英揮さんの経歴・はたらこねっと・バイトルをたちあげるまで

を紹介しました。

 

創業時の宮田社長のピンチをチャンスにしたアイディアのエピソードはこちら↓

ピンチ1:父が経営する英会話スクールの業績悪化→自己破産寸前

ピンチ2:失業者からの企業→融資先が見つからない・資金難

ピンチ3:自分のアイディア企画で営業→ライバルは大手のIBM

ピンチ4:ネット参入のための資金調達難・日本→アメリカ→そして

ピンチ5:ナスダック上場3日前にヤフー提携解除

 

富田社長の経営者としてのスタートは26歳から始まります。

1997年には会社を起こし、2004年5月、ディップは東証マザーズへの上場しています。

 

わずか7年で急成長の裏には何度も危機がありました。

 

ピンチをチャンスに変える信念

また、チャンスのときにも、ピンチを想定し備えておく。

 

Dream(夢)Idea(アイディア)Passion(情熱)がDIP・ディップです

 

ピンチをチャンスに替えるには行動力と信念ということを教えていただきました。

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

参考サイトhttps://jisedai.work/founders-spirit/

 



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